2009/11/12(Thu)
翌朝、宿のおばちゃんがおれたちを起こしにきた。まだ6時だ。朝食の時間にしては早すぎるんじゃないか。
おばちゃんが言うには、天河神社で朝の儀式(?)があるから、せっかくだから参加してきなさい、ということだった。
おお、なんかこれはインドのサイババの朝の礼拝みたいじゃないか。
おれたちはすぐ近くにある天河神社に向かった。
参加者はおれたち以外に3人ほどいただろうか。朝拝は鮮明な記憶は無いが、神聖な雰囲気は濃厚だった。
それは20分ほどで終わったと思う。宿に戻り、朝食を食べて、おれたちは再び天河神社に行った。
平日の誰もいない天河神社は、その標高の高さも手伝って神聖な空気と静寂さに満ちていた。なんていっても日本一のパワースポットだ・・・。
「きみ、どうだい、何か感じるかね」
「いや・・・別に特に何がどうしたというわけでもないが・・・」
「そんなはずないだろう、世界有数のパワースポットだぞ、何か感じるだろ」
「んじゃ、きみはどうなのよ」
「え?まあ別にいつもどおりだな」
確かに厳かな雰囲気はあるが、だからと言ってみるみる元気が沸いてくるわけでもなく、超常現象が起こるわけでもなく、神秘体験があるわけでもない。敷地も別に広大なわけでもなく、ぐるっと一回りしたら我々は簡単に飽きてしまった(なんて罰当たりな・・・)。仕方ないのでそれからは周辺を散策した。全身にパワーを浴びておこうという算段だ。川辺に小さな洞窟があったので入ってみた。が、別に何がどうということもなかった。
一ヶ所、山の上に向かう階段があり、縄とローソクと旗が道に沿って立てられていた。しかしそこだけは登らなかった。「この先へ行ってはいけない」そこは我々一般ピープルが決して立ち入ってはいけないとい、何か得体の知れない空恐ろしいものを強く感じたからだ。
インターネットでは天河神社のマニアックなファンサイトみたいなものがあった。
そこには
「天河を訪れるにあたっての10の心得」というようなものまで出ていた。
1.天河に超常現象を期待してはいけない。
2.天河には雑念と雑音を持ち込むな。
3.縁のない人間は行きたくても天河には行けない。
4.天河に集まる人間は、必ず使命を持っている。
5.天河では素直になる。
6.般若心経は暗誦できるようにしておく。
7.玉串奉納の手順を知っておく。
8.天河では思索にふけるのではなく、気を受ける。
9.天河は三回来て初めてそのパワーがわかる。
10.天河行きは他人に強制しない。
おれとポーさんはこれらの心得をまったく心得ずに行ってしまったことになる。超常現象というのは、おれも知らなかったが天河神社の背景にそびえる弥山は、有名なUFOスポットであるらしい。しかし、あくまで天河とは自己改革のために出かける場所であって、超常現象を物見遊山気分で期待していくのは誤りだという。しかし、当時、もしこのことを知っていたらおれもポーさんも間違いなく天河での時間の多くを空を見上げることに費やしただろう。
そして二番目の「雑音」とは音楽のことだそうだ。なんとおれたちが持ち込んでしまったのは森高千里。音楽と言うにはあまりにもお粗末すぎる。しかしこれはポーさんの責任だからしょうがない。三番目に「縁の無い人は行けない」とあるが、たどり着くまでにあれほど時間がかかってしまったのは、天河に拒否されていたのだろうか。
六番目の般若心経とか言われるとちょっと引いてしまうし、「玉串奉納」とは何のことだ?
ああ、考えれば考えるほどなんとお気楽に天河詣でをしたのだろう。全国の天河ファンを敵に回しそうだ。
話しは飛ぶが、天河から東京に帰って3日間ほど、風邪を引いたわけでもないのに全く声が出なくなった。
天河神社の公式サイトには次のようにある。
霊山大峯の緑深い山懐にいだかれたここ天河神社は
役行者や空海、天武天皇の太古より聖域として崇められながら
川の流れの如く星の瞬く如く、如何なる権力にも組せず
“ありのまま”で在り続けてきた場処。
古より多くの聖人達がこの地を求めたのは、きっと
“ありのままの本当の自分”に出会うためだったのでしょう。
天河の奥深い歴史と清々しい自然に身を浸しながら
まっさらな自分を取り戻しに訪れてみてはいかがでしょうか。ああ、こっちのほうがホッとするなあ。
2009/11/10(Tue)
今となっては一体どういうルートで行ったのか全く覚えていない。ポーさんはそもそもそういう下調べはしない人なので、この時もおれが事前にルートを調べたはずだが、全国地図も持ってないし、ナビも無いのにどうやって道を決めたのだろう。
全くたどり着く気配も無く、やがて日が暮れていった。予約していた宿に「かなり遅くなるかもしれない」と電話を入れ、おれたちはひたすら天川村を目指した。途中何度も道に迷ったが、ようやく目指す山を発見し、山道を登っていった。ところで我々は一体今日、何時間車に乗っていたのだろう。しかしインド旅行でも一日中バスの中、というのがあった。ただこのときは寝てれば済んだが、今回は自分たちで運転しなければならない。山道を走り続けた。ラジオの電波も入らないので情景には全く不釣合いの森高千里が車の中に流れていた。「飲もう〜今日はトコトン飲みーあーかそー♪」しかし全くひどい歌だ。素人の学芸会のような歌と歌詞だ。これでプロとしてやってるんだから日本のミュージック界もだらしがない。
峠越えのような細い山道をどんどん登っていくにつれ、あたりは真っ暗になった。街灯ひとつ無い山道で、舗装されてなければそれはもう登山道だ。
「ほんとにこの道でいいのだろうか」
「いや、おそらく日本一のパワースポットだ。天空都市マチュピチュのように多分ずっと上のほうにあるのさ」
まるで闇に向かって突き進んでいるようでおれたちは真剣に不安になった。
「最後に道を聞いた薬局のオヤジ、ウソ教えたんじゃないの?」
「このままでは遭難パターンだな。食い物何もないぜ」
「崖からだけは落ちないでね」
と、その時突然集落が開けた。それはほんとに突然だった。こんな山の中に民家がある。子供たちが花火をやっている。まるで昭和40年代初期のような風情だ。
「おお、ついに着いたぞ」
「あの薬局のオヤジはいい人だったんだ」
宿に入る前に、道端にあった自販機でジュースを買おうと思った。ジュースの自販機が妙にかすんでいる。蛍光灯が古いんじゃないか。おれはコインを入れようとして驚いた。自販機はかすんでいたのではなく、その蛍光灯の明かり目指しておびただしい数の蛾やら何か分けの分からない昆虫たちがびっしりと自販機にこびりついており、おれがコインを入れようとした瞬間、そいつらが一斉に飛び立ったのだ。おれは驚きのあまりそこから飛びのいた。
宿に着いたのは、夜10時を回っていた。それでも冷め切った夕食が出て、おれたちはそれを食べ、今日はもう寝ることにした。
その宿はニフティーサーブの掲示板に質問を出したら、「おススメです」と誰かが回答したところだった。宿と言ってももちろん民宿だが。自分たち部屋の外の廊下を見ると、既に真っ暗だった。後でわかったのだが宿泊客はおれたちだけだったらしい。しかしこの暗闇と静寂さはなんなのだ。何が起こってもおかしくないような、ホラー映画を地で行くような雰囲気だ。
そしておれたちはすぐに眠りについた。
・・・・・・・・・夜中の三時・・・・・・・・・・
おれは突然目が覚めた。
「ん、なんだなんだ?」
おれは暗闇の中でしばし考えた。しかし突然目が覚めた理由はすぐに分かった。トイレに行きたいのだ。しかしトイレは異常に長い廊下の先を曲がったあたりだ。そっと障子を開けると、廊下は絶望的に暗かった。あの廊下の角を曲がったところに何かが潜んでいたとしたら、おれの心臓は確実に止まるだろう。まさに『リング』で貞子を目撃して死んだ人のように恐怖に引きつった顔をして死んでいくのだろう。そんな死に方はいやだ、いくらなんでもカッコ悪すぎる。
隣を見るとポーさんが豪快ないびきをかいて幸せそうに寝ている。
おかしい、やつは車の中でおれにさんざん怪談話をしたくせに、なぜこいつが眠っていておれは一人怯えてトイレを我慢しなければならないのだ。
おれは部屋の電気をつけてやつを無理やり起こした。寝ぼけまなこのポーさんは「どうしたんだよ」と寝ぼけた声を出した。
「おれは今からトイレに行くが、10分たっても戻ってこなかったら警察に通報してくれ」とおれは言い残し、トイレに向かったのだった。
2009/11/10(Tue)
インドから帰って日吉の霊能者を訪れ、当たったとも当たらなかったとも言えない(そこが占いのミソ!)予言を聞いた。インドに一緒に行った前の会社の戦友ポーさんはおれの話しを聞き、早速本人も日吉に行った。
「どうだった?」と聞くと、
「うーん、当たってるっていえば当たっているのかもしれないけど、うーん、なんとも言えないね」
それから約半年後、おれとポーさんは奈良県の山腹にある天河神社を目指していた。これもインドで知り合った女性から、「日本でも数少ないパワースポットなの」と聞いていたのだ。今考えれば、日本にパワースポットなんて、他にいくらでもあるのだろうが、この時期我々は『聖なる予言』にハマっていて、それに出てくる「偶然の一致」を楽しんでいたフシがある。だから今、この時期にこの女性からこういう話を聞くというのは何か意味があるのだろう、と思い込んで喜んでいたのではないか。
おれたちは9月にお互い有給を取り、一路天河村を目指した。
当時はやっとWindows95が出たばかりの時期なので、情報は普通旅行誌だが、おれはニフティサーブ(なつかしい!)の掲示板で宿泊情報その他を集めた。順当に考えれば、京都まで新幹線で行って、在来線で奈良に出て、そこからレンタカーというのが一番現実的な経路だったろう。しかし少しでも歩きたくないおれたちは、ポーさんの住む市川から彼の車で行くことにした。東名高速をひたすら南下して行ったのだ。出発してまもなく、ちょっとこれは見通しが甘かったと薄々感じ始めていた。厚木あたりで早くも渋滞にはまったときにはそれは確信に近くなった。「まあ何時に着かなくちゃいけないって訳じゃないし、夕飯までに着ければいいよね」と自分たちで納得することにした。
その時の車は三菱のRVRで、当時にしては珍しく小さなテレビがついていた。高速の上ではしばらくそれを見ていたのだが、だんだん電波の入りが悪くなってくるとカセットに切り替えたが、この時ポーさんはなぜか森高千里のアルバムを、それも1本しか持ってこなかった。「なんで森高?しかも1本だけ?」とおれはネチネチと追及したが、ないものはない。浜松で遅い昼食をとった。この時既におれたちはかなり飽きていた。食べ終わった後もダラダラといたずらに時間を無駄にし、この先どっちが運転するかというおよそ建設的ではないなすりあいをし、あきらめて再び出発した。
高速も終盤にかかると、ポーさんはおもむろに怪談話を仕掛けてきた。じゃんけんで負けて運転をすることになった腹いせか。おれは怖い話というのが大っキライだ。深い理由はなく、ただ怖いからイヤなだけなのだ。『リング』を初めて観た時、おれは心のそこからぞっとした。ちょうど10時過ぎから見始めたので、ラストの貞子がテレビから出てくるクライマックスは12時を過ぎていた。あまりに怖くて早送りしてしまった。
さて、やっと京都に入って一安心。しかしおれたちの認識はここでも全く甘かった。高速を降りてからというもの、行けども行けどもたどり着けない。渋滞もあったが、そもそも一体何キロの道のりだったのだろう。「夕飯までには・・・」どころの騒ぎではない。あたりが暗くなってきても、おれたちの車は目的地からはるか遠くにいた。
2009/10/28(Wed)
10年以上前、前の会社の戦友ポーさんとゴールデンウィークを利用してインドに行った。インドに行った人は、「インド大好き、もう一度行きたい、ずっと行きたい、生まれ変わったらインドに生まれたい」というインド信者になるか、「あんなところは人間の住むところじゃない。もう二度とインドには行きたくない。もうインドと言う言葉も聞きたくない」という人に分かれるというが、自分はどっちだろう。強いて行きたくもないが別にキライと言うわけでもない、でももう一度行くかと言われたらちよっと遠慮したい、という人に入るだろう。しかしインドの女性は驚くほどエキゾチックで美人が多かった。だから「インドには行かなくてもいいがインド女性にはぜひ会いたい」人に入りたい。
そのツアーで一緒だったお姉ちゃんが「日吉(東急東横線)にすごい霊能者がいる」と教えてくれた。
当時、偶然にもおれとポーさんは似たような理由で二人とも精神的にかなり参っている時期だった。
インドから帰ってきて、おれは早速その人の紹介だと電話を入れ、予約を取った。その霊能者は紹介無しでは受けないという話しで、芸能人や有名人も通っているという。
さて予約の日、場所は日吉駅から歩いて5〜6分のところにあるコーポ住宅のようなところだった。どうやら普段は普通の主婦をやっているようだ。
さて、その霊能者はおれと正対し、「生年月日と名前を書いて」と言って紙切れを渡した。
それにおれが書き込むと、おもむろにトランプを取り出した。
「・・・(まさかトランプ占い?)・・・」
おれは宜保愛子のような、おれをじっと見据えて「あなたの背後には・・・」というシチュエーションを期待してたので、トランプを出されたときにはちょっと心がくじけた。
しかし約50分くらいのセッションは、終わってみるとなかなか充足感があった。
おれは恐る恐る聞いてみた。
「トランプの出た数字に何か意味があるんでしょうか」
「これは集中するために使っているだけで、別にトランプに意味は無いのよ。集中できればなんだっていいの」
その人の予言は、結論から言えば当たった部分もあるし当たらなかった部分もある。そんなもんだろう。霊能者だろうと占い師であろうと、当たったか当たらないかなんてほとんど検証のしようがないからだ。
宜保愛子や江原啓之クラスのリーディングは別格として、通常の占いレベルでは、そこに行く人は背中を押してもらいたいだけか、自己重要感を満たして欲しい、慰めて欲しい、「あなたは悪くないの」と言って欲しい人がほとんどだろうから、人生相談のスキルがあれば人気占い師になれるんじゃないか。人は弱ってくるとそういう超自然的な何かにすがりたくなる。それ自体、悪いことではないし、ほとんどの人が同じようなもんだと思う。
「自分の未来の道を示してもらいたい」というのはまだ分かるが、私の周りで少なくとも二人いる。これは問題だ。
2009/10/26(Mon)
そこは屋外のかなり広い円形状というかすり鉢状の巨大会議場のようなところだった。会社で海外に研修旅行のようなものに来ていて、そこで知らない人を交えて何かを話し合っていたのだ。そこへおそらくテロかなんかだろう、ホームシアターの重低音のような地鳴りがした後、向かい側から火の手が上がった。向かい側にいた人たちはみるみる火の海に飲み込まれていった。もちろんおれの会社の人たちもどんどん飲み込まれていった。あの人たちは死んじゃったんだろうか。「もう少しこっちまで火が近づいたらおれも逃げなければ・・・」と思っているうちに火の手がやってきた。そして火の広がる速度は想像していたよりもはるかに早く、それこそあっという間に火に囲まれた。そこからはもう無我夢中だ。周りの人がどうなっているかなど全く考える余裕もない。全身の力ですり鉢上の土手を駆け上っていったが、もう火の手は回っており、煙が充満していた。そしてやっとの思いで何とか火の手を逃れた。火の手から逃れてもこれはテロだから気は緩められない。そのあともおれは一人必死に逃亡した。

※こんな感じの屋外場
これはおれが退行催眠を行なってかいま見た前世の記憶ではない。
昨日の夢の記憶だ。夢だけど、その時の恐怖や動転ぶりは相当リアルに残っている。
よく、自分が死ぬ夢というのは「再生」を意味していいことだと聞くが、では死にそうで助かったというのはどうなんだろう。インターネットで調べると、想像はしていたが夢の解釈方法がたくさん出てくる。
そういえば先週ヘビがたくさん出て来る夢見たから宝くじ買ったけど、それは果たして当たっているのだろうか。もうそろそろ発表のはずだ。
何年か前、整体マッサージの店のお姉ちゃんが「ちょっと汚い話なんですけどぉ、ウンコの夢見るとお金が入るんですよ。この間、ウンコの夢見たんで宝くじ買ったんですけど、ホントに当たったんですよぉ」と言ってた。どれくらい当たったかは教えてくれなかったが、「結構儲けましたよ」と笑っていた。
子供がまだ生まれて数ヶ月の頃、当然夜中に夜鳴きをする。それはお腹が空いたということもあるだろうが、何か怖い夢を見た、というようなときがたまにある。何かにとり憑かれたようにほとんど絶叫に近い泣き方をするが、起こそうとしても寝ぼけている状態から目が覚めない。ひどいときは真剣に「何かに憑依されたのでは」と考えてしまうようなちょっと恐ろしく感じる夜もあった。あまりにひどいとお風呂にもう一度入れてしまってとにかく目を覚まさせるわけだが、そもそも生まれて数ヶ月の赤ん坊が見る怖い夢とはなんだろう。まだ怖い経験など何も経験していないはずなのに、泣き叫ぶほどの状況を作り出したものは何か。・・・前世の記憶?
最近はなくなってきたが、よく天井の辺りを見ながら明らかに何かを目で追っている、ということもしばしばあった。おれはことあるごとに「ゆうきくん(子供の名前)は生まれる前、どこにいたの?」「お母さんのお腹に入る前は、どこにいたの?」と聞いていたが、納得のいく答えはいまだに返ってこない。
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